2010年 09月 22日
恐怖の谷 |
犯罪王モリアーティ教授の組織内にいる男から暗号の手紙がホームズのもとに届いた。暗号を解き、ダグラスなる人物の危険を知らせる内容であることがわかったとき、訪ねてきたマクドナルド警部はそのダグラスが殺されたと告げた・・・。
乱暴な言い方ですが、『緋色の研究』のときにはまだ作家として未熟で書ききれなかった部分を、熟練作家となったドイルが書き直したくて書いた作品みたいです。アメリカで特殊な組織に属していた人間がなんらかの罪を犯してイギリスに逃れたるが、敵は執拗に追ってきて復讐を遂げる、という基本プロットが同じじゃないですか? 一部で事件、二部で事件の原因となった物語という構成も同じ。この本の一部を読んでいるときは、犯人はワトソン博士が書いた『緋色の研究』を読み、それをヒントに同様の犯罪を行ってホームズの捜査をかく乱するつもりかと思ってしまいました。
確かに『緋色の研究』よりはずっとよく書かれていると思うのですが、そういうわけでいまいちのめりこめなかった。モリアーティ教授の名前がそこかしこにさも恐ろしげに出てはくるものの、結局なんだかよくわからないままに終わってしまうのももどかしい。
話の要になっている組織「自由民団」というのはフリーメーソンかと思って読んでいましたが、原文を見るとEminent Order of Freemenとあります。検索してもこの本のことしか出てこないので、おそらくドイルがフリーメーソンをヒントに創作したんですね。
ところでシャーロック・ホームズシリーズを最初から訳している翻訳者の延原 謙さんは、自身も19世紀末の生まれなのでところどころ言葉遣いがとても古めかしい。いくらかは改訂の折に息子さんが手を入れたそうなのですが、それでもまだ現代人には奇妙に響く日本語の使われ方が見られます。
マクドナルド警部が状況をはっきり説明しないホームズにいらだって「こんなところに来て何をしようというのですね? もっと淡泊にはいえないものですかね?」と聞くところがあります。淡泊という言葉をこういうときに使うのはすごく奇異に響いたので英語の原文を見てみたら、淡泊に該当する単語はfranknessでした。現代だったら「率直」あたりを使うと思うのですが、20世紀の初めには「淡泊」もそういう意味に使われていたのかもしれません。あるいは、このあとのホームズの答えの中に「set the scene」を「膳立て」と訳しているので、それに呼応させて味覚を表す「淡泊」をあえて使ったのかな? 『シャーロック・ホームズの帰還』収録の「六つのナポレオン」では、ホームズは bent eagerly over するのですが、それが「身をかがめて、がつがつとした態度で」となっています。別に何かを食べているわけではなく、壊れた石膏像を調べているだけなんですけどね。
そういう「あれっ?」と思ったところをすぐに調べられるのもネット上で原文が読めるおかげ。ありがたいことです。
原題:The Valley of Fear
作者:コナン・ドイル
訳者:延原 謙
出版社:新潮社
ISBN:4102134085
乱暴な言い方ですが、『緋色の研究』のときにはまだ作家として未熟で書ききれなかった部分を、熟練作家となったドイルが書き直したくて書いた作品みたいです。アメリカで特殊な組織に属していた人間がなんらかの罪を犯してイギリスに逃れたるが、敵は執拗に追ってきて復讐を遂げる、という基本プロットが同じじゃないですか? 一部で事件、二部で事件の原因となった物語という構成も同じ。この本の一部を読んでいるときは、犯人はワトソン博士が書いた『緋色の研究』を読み、それをヒントに同様の犯罪を行ってホームズの捜査をかく乱するつもりかと思ってしまいました。
確かに『緋色の研究』よりはずっとよく書かれていると思うのですが、そういうわけでいまいちのめりこめなかった。モリアーティ教授の名前がそこかしこにさも恐ろしげに出てはくるものの、結局なんだかよくわからないままに終わってしまうのももどかしい。
話の要になっている組織「自由民団」というのはフリーメーソンかと思って読んでいましたが、原文を見るとEminent Order of Freemenとあります。検索してもこの本のことしか出てこないので、おそらくドイルがフリーメーソンをヒントに創作したんですね。
ところでシャーロック・ホームズシリーズを最初から訳している翻訳者の延原 謙さんは、自身も19世紀末の生まれなのでところどころ言葉遣いがとても古めかしい。いくらかは改訂の折に息子さんが手を入れたそうなのですが、それでもまだ現代人には奇妙に響く日本語の使われ方が見られます。
マクドナルド警部が状況をはっきり説明しないホームズにいらだって「こんなところに来て何をしようというのですね? もっと淡泊にはいえないものですかね?」と聞くところがあります。淡泊という言葉をこういうときに使うのはすごく奇異に響いたので英語の原文を見てみたら、淡泊に該当する単語はfranknessでした。現代だったら「率直」あたりを使うと思うのですが、20世紀の初めには「淡泊」もそういう意味に使われていたのかもしれません。あるいは、このあとのホームズの答えの中に「set the scene」を「膳立て」と訳しているので、それに呼応させて味覚を表す「淡泊」をあえて使ったのかな? 『シャーロック・ホームズの帰還』収録の「六つのナポレオン」では、ホームズは bent eagerly over するのですが、それが「身をかがめて、がつがつとした態度で」となっています。別に何かを食べているわけではなく、壊れた石膏像を調べているだけなんですけどね。
そういう「あれっ?」と思ったところをすぐに調べられるのもネット上で原文が読めるおかげ。ありがたいことです。
原題:The Valley of Fear
作者:コナン・ドイル
訳者:延原 謙
出版社:新潮社
ISBN:4102134085
by timeturner
| 2010-09-22 00:18
| 和書
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