2010年 04月 28日
エスター・ウォーターズ |
エスターは敬虔なプリマス同胞教会の信徒である両親のもとに生まれたが、父親はエスターが幼い頃に亡くなり、生活に窮乏した母親が結婚した相手は飲んだくれては妻や子供を殴るような男だった。母親や父親違いの弟妹を守るために学校にも行けなかったエスターは文盲で、ひとりで何もかもやらねばならない女中として中流の家で働いてきたが、二十歳になったときイギリス南東部ショアラム地方にあるウッドビュー屋敷に奉公することになった。屋敷の主であるバーフィールド家は競馬用の馬を育成し、騎手を訓練していたため、従業員もみな競馬に夢中で、真面目なエスターの目には驚くばかりの堕落ぶりと見えた。それでも、同胞教会の信者であるバーフィールド夫人との交流や、料理番の息子でハンサムなウイリアムへの恋心など、エスターにとっては初めて知る平和で幸せな日々が始まったかに見えたのだが・・・。
19世紀イギリスの下層階級の娘を主人公に、それまでのイギリスにはなかった自然主義的なアプローチで底辺の社会を描いて問題作となった小説だそうです。確かにジェイン・オースティンの世界とは正反対で、彼女の小説の主人公たちがこれを読んだら卒倒してしまいそう。でも、現代社会に住む私たちにとってはそれほどショッキングな内容ではないのかも。パブでのノミ行為やロンドンのスラム街の実態、父親のいない子供を産んだばかりの娘たちが自分の子供は他人に預けて裕福な家庭に住み込みの乳母として雇われ、その赤ん坊を預かった人間はわずかな金と引き換えにその赤ん坊を故意に死に至らしめる・・・。
ひどい話がこれでもかというほど出てくるのですが、いちばん悲惨だと思ったのはエスターの母親。夫を亡くし商売もうまくいかなくなったとき、エスターのように17時間もぶっ続けで働けるほど若くも、体が丈夫でもなかったために、残された道はろくでなしの暴力男と再婚するだけ。カトリック教徒だったからか、単に無知だったからか、産児制限もせずに次から次へと妊娠して子沢山になり、そのためさらに貧乏になって、体も弱り、最後にはお産のために死んでしまう。こんな悲惨な一生ってある?
エスターが文盲であることを恥じて隠したり、慣れないお屋敷奉公に気後れした結果妙に意地を張ったりというのが、最初のうち奇妙に思えました。なんで見栄を張るんだろう、誰も貧しいエスターに過分な期待なんてしないし、失って惜しいものもないのにどうして素直になれないんだろうって。でも、読んでいるうちになんとなくわかってきた。「天真爛漫」「素直」といった性質は、ある程度経済的ゆとりのある状況で育てられた人間だけに可能なんだ。父親に殴られ、雇い主にひどい扱いをされてきた人間は白痴でない限り「天真爛漫」や「素直」じゃいられませんよね。そのためにせっかくの向上の機会を逸してしまうとしても。これも下層階級の悲劇だな。
原題:Esther Waters
作者:ジョージ・ムア
訳者:北條文緒
出版社:国書刊行会
ISBN:4336027293
19世紀イギリスの下層階級の娘を主人公に、それまでのイギリスにはなかった自然主義的なアプローチで底辺の社会を描いて問題作となった小説だそうです。確かにジェイン・オースティンの世界とは正反対で、彼女の小説の主人公たちがこれを読んだら卒倒してしまいそう。でも、現代社会に住む私たちにとってはそれほどショッキングな内容ではないのかも。パブでのノミ行為やロンドンのスラム街の実態、父親のいない子供を産んだばかりの娘たちが自分の子供は他人に預けて裕福な家庭に住み込みの乳母として雇われ、その赤ん坊を預かった人間はわずかな金と引き換えにその赤ん坊を故意に死に至らしめる・・・。
ひどい話がこれでもかというほど出てくるのですが、いちばん悲惨だと思ったのはエスターの母親。夫を亡くし商売もうまくいかなくなったとき、エスターのように17時間もぶっ続けで働けるほど若くも、体が丈夫でもなかったために、残された道はろくでなしの暴力男と再婚するだけ。カトリック教徒だったからか、単に無知だったからか、産児制限もせずに次から次へと妊娠して子沢山になり、そのためさらに貧乏になって、体も弱り、最後にはお産のために死んでしまう。こんな悲惨な一生ってある?
エスターが文盲であることを恥じて隠したり、慣れないお屋敷奉公に気後れした結果妙に意地を張ったりというのが、最初のうち奇妙に思えました。なんで見栄を張るんだろう、誰も貧しいエスターに過分な期待なんてしないし、失って惜しいものもないのにどうして素直になれないんだろうって。でも、読んでいるうちになんとなくわかってきた。「天真爛漫」「素直」といった性質は、ある程度経済的ゆとりのある状況で育てられた人間だけに可能なんだ。父親に殴られ、雇い主にひどい扱いをされてきた人間は白痴でない限り「天真爛漫」や「素直」じゃいられませんよね。そのためにせっかくの向上の機会を逸してしまうとしても。これも下層階級の悲劇だな。
作者:ジョージ・ムア
訳者:北條文緒
出版社:国書刊行会
ISBN:4336027293
by timeturner
| 2010-04-28 21:08
| 和書
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